昨日、韓国に雪がたくさん降ったと聞きました。皆さん、安全にお過ごしください。
なぜか韓国から帰ってきてからよく眠れません。3日連続で吐いて、ある日は1時間しか眠れず、翌日退勤して夕食を食べて倒れ、その翌日はまた眠れずというのを繰り返していますが… 水あたりでしょうか、よく分かりません。
旅行や出張は嫌になるほど行きましたし、海外で暮らした経験がないわけでもないのに、ここまでコンディションが回復しない理由が分かりません。年を取ったということでしょうか。
来週、カナダ北部へ出張に行きます。すでに雪もたくさん降っていて、最高気温が-15度くらいだと聞きました。安全に気をつけて行ってきます。
次の投稿は、韓国時間12/10(水)の午前にアップします。
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弁護士から送られてきた妻の書面を開いた。またどんな嘘で塗り固められているのだろう。ファイルが開く短い瞬間にも、胸が締め付けられるのを感じた。
まず、財産分与については妻の立場は変わっていない。本人が最低70%、私が最大30%が妥当だという意見だ。
婚姻破綻については、私がどれだけ悪い夫だったかについて書かれていた。葉巻やウイスキーなどの趣味で家事や育児を疎かにし、それに夫婦の生活費を多く使ったという話だった。妻が提出した写真には葉巻とウイスキーがあった。これを撮るために家に来たのか。
また、23年初めに夫婦カウンセリングをしたのに、私が積極的に参加せず一方的にカウンセリング手続きを中断したとして、夫婦カウンセリング確認書を証拠として添付した。
当時、夫婦カウンセリングは全5回だった。最初は二人で2回、その後それぞれ1回、最後に一緒に1回というカウンセリングコースで、当然私は全てのカウンセリングに参加した。
なのにこれを証拠として出すのか?妻が提出したカウンセリング確認書は4回しか記載されていなかった。
すぐにカウンセリングセンターに電話して聞いてみると、本人が受けた分だけ発行されるとのことだった。したがって、それぞれ1回ずつあったため4回しか出ないのは正しい。しかし、妻が提出した書面によると、何か私が抜けているような印象を裁判官は受けるだろうと思った。そこで、すぐに発行を依頼し、次の書面に証拠として提出した。
妻は今回、子供の診療記録も添付してきた。これまで子供が経験した風邪や湿疹、かゆみ、定期検診などに関する記録があったが、判決文ではこれが革細工によるものだと考慮されることはなかった。
また、前回と同様、私には疑い病があり、コントロールしてきた、そして被告の浮気という虚偽の主張で離婚訴訟を提起したという内容だった。
どのように自分が自白した内容についての録音、そして二人で腕を組んで宿泊施設に入る写真が証拠として提出されているにも関わらず、嘘を主張し続けることができるのか不思議だった。
書面の内容には 「百歩譲って、被告らの関係が法的に不正行為と評価されるとしても、 ①被告らが性交渉をしたとか、長期間関係を続けていない点、 ②被告らは現在、この事件に関して訴訟代理人を通じたものを除き、一切交流していない点、 ③原告と被告の婚姻関係の破綻は、原告の疑い病、原告が趣味に執着して家事を疎かにした事情などが原因となった点などを考慮すれば、原告のこの部分の請求は過度なので棄却または減額する必要があると存じます。」 と書かれていた。
また、養育権については、子供がまだ幼く母親の手が必要な点、私と絆が深い点、そして私が前回の書面で提出したように子供と私、そして妻の実家家族との写真を添付して提出した。
私が生活費を使い、整形手術をするなど家庭経済を考慮していないと書かれていたが、実際に手術を受けたのは事実だが、痛くて病院に行ったのであり、20歳で受けた医療手術の後遺症による手術だったため、実損払い戻しを受けた。
どうやら妻は、できることは何でも、どうなろうと関係なく提出したようだった。
そして一番下には、私のパスポートに押された海外入国スタンプの写真が数枚添付されていた。これも家に帰ってきた理由だったのだろう。妻が提出した写真には日本2回、フィリピン1回、モンゴル1回の入国記録があったが…すべて子供と行ったものだ。どうしてこれが私が育児をしていないという主張につながるのか。
最後に、財産分与に関する表が書かれていた。これは数値で出るものなので、共同財産の部分については私のものと大きく変わらなかった。
ファイルを閉じ、深くため息をついた。このようなものを提出しながら、妻は何を考えていたのだろうか。
私が記憶する結婚生活と、妻が語る結婚生活の隔たりはあまりにも大きかった。とにかく、妻はまたこのように主張し、私は反論しなければならない。
夫婦カウンセリング確認書は、来週初めに発行して送ってくれるとのことなので問題ないとして… 旅行については、妻が子供のパスポートを持っているため、子供と私の名前のある航空券の予約履歴を出力して弁護士に送った。そして、医療目的の手術だったという診断書、手術確認書と共に、実損払い戻しを受けた証明も添付した。
財産は、どうせ裁判所で計算して分与するだろうから、妻の主張が不当であること、そして私がこれまで生活費として送金した履歴と、毎回妻と共有した生活費送金ファイルを送った。
給料、ボーナス、革細工品の販売収益、そしてローン返済と小遣いなどを除いた残額を、いついくら送ったかという毎月の記録・共有ファイルで、結婚したその月から整理してきたのでそのまま送ればよかった。
この部分を送る際に、個人的な小遣いが40万ウォンで、生活費として葉巻やウイスキー購入などの贅沢をしたという主張は事実と異なることを記載した。
どうせ私にとって最も重要なのは養育権だった。
妻が12月に突然子供を連れて共同財産を持って家を出た点を強調した。事件本人(息子)に対しても配慮のない一方的な分離であり、養育者を指定する上で重要な判断材料として活用されるべきだという文句を弁護士が付け加えた。
これらの証拠を提出するために、過去に何度か戻らなければならなかった。写真アルバムを開き、上にスクロールしていくと、幸せそうな子供の顔が次々と出てきた。悪いのは大人なのに、なぜ苦痛は子供が受けるのだろうか。
4回目の裁判日は1月NN日だった。
事実上、最後の裁判日になる可能性が高かったので、ぜひ出席したかったが、1月の海外展示会出張スケジュールが入っていた。会社がブースを出すという、私が担当する地域の中でも最も重要な場所であり、会社としてもサポートとして私を含め合計5人が参加するスケジュールだった。
問題は、出国日が裁判の2日前で、私はまた会社に了解を求めるしかなかった。幸い、上司たちが理解してくれ、私だけ裁判翌日の午前に出国するという形で航空券を変更した。
裁判当日。
前回と同様、裁判所のロビーで弁護士に会った。今回こそは最後の裁判であることを願いながら、裁判のある階へ移動した。相手側弁護士は前回と同じ人だった。
前回とは違い、裁判が遅れたのか、かなり待たされた。予定されていた裁判開始時間から1時間も遅れていた。
焦る。またここに来る日がなければいいのに。
「事件番号2023ドダン XXXXXX、お入りください。」
長い待ち時間の末、ついに裁判官の扉が開いた。
"パク・ナレの酒癖、ヤバすぎワロタw"
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